明治時代から昭和20年まで








日本で最初に磁器が焼かれたのは、元和2年(1616年)のことでした。
朝鮮半島から帰化人李参平が佐賀県有田で最初に始めたといわれています。
美濃では、1804年の頃染付磁器を焼いたのが初めといわれています。
磁器というようになったのは明治からです。
江戸時代末の美濃焼きは急速に陶器から磁器へと発展し、美濃地方は国内でも
有数な「磁器」の生産地になりました。
陶器も伝統産業として続けられています。
磁器
白色でやや透明、まったく吸水性のない硬い焼き物です。
たたくと金属音がします。美濃では江戸後期から作られるようになりました。
粘土と長石、珪石などを減量にして作られる焼き物です。







薪で焼く登り窯が減り、石炭で焼く角窯が広まり、電動の機械ろくろや陶土・
釉薬の工場ができました。安くて良い原料がたくさん手に入り、磁器の焼き物を
専門に製造するようになりました。
上絵付けの技術も高まり、輸出する焼き物を生産する業者も多くなりました。


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世界的に不景気になって焼き物が売れなくなりました。
それで組合を作って悪いものと、作りすぎや安売りをしないようにしました。
陶土・こう鉢なども組合で作り、不景気を乗り切る努力をしました。
トンネル窯を作ったり、転写技術を高めたり、色絵の具の開発など生産を
多くする努力もしました。
第二次世界大戦により、燃料や物資が不足し貿易もできなくなりました。
そのうえ、軍需品や金属代用品の製造、企業整備令という厳しいとりしまりを
受けた困難な時代でした。